私が開院した理由

こんな理由で整体院を始めました・・・

大井町整体院は、おかげさまで開院14年目に突入しました。
以前から患者様からよく聞かれていた質問があります。

「先生は何で整体師になろうと思ったんですか?」

このような質問を、開院当初からよくされることがあります。
もちろん聞いていただければお答えしておりますが、せっかくなのでホームページ上でもお答えしようと思います。

以前は普通のサラリーマンでした

私は以前はみなさんと同じように、普通のサラリーマンでした。
日本大学の経済学部を卒業し、セキュリティの会社(アル○ックやセコ○のような)に就職しました。
整体師になろうなんて、その時点では全く思っておりませんでした。

就職して一生懸命働いていたのですが、セキュリティの仕事というのは、正直、使いっ走りのような仕事でした。
ちゃんと仕事をしていても雇い主からは尻を叩かれ、お客様からは八つ当たりをされ・・・というような日々が続きます。
もちろん仕事にやりがいも感じていましたし、1年で大変な現場の責任者に推してもらうなどそれなりに評価もされていたのですが、段々と「この仕事、俺はいつまで続けるんだろう・・・」と思うようになりました。

そんなある日、会社の同僚が私だけに「ある事」を教えてくれたのです。

縁故(コネ)で入社した人だけが、上に上がれる会社だった

「武川、実はこの会社はな、会長の友人の息子とか、知り合いの息子とか、コネで入社した人だけが上に上がれる会社なんだよ」
「だからお前はいくら頑張っても、現場止まりなんだ。」
「何でそんな事を俺が知ってるのかと言うと、実は俺自身がコネで入社した人間だからだ。」
「お前は若くて仕事もできるんだから、この会社は早く辞めて、次の仕事を探すんだ。」

この告白は衝撃的でした。
確かに以前からおかしいなと感じるところはありましたが、まさかこのような事情があるとは思ってもいませんでした。
この同僚は普段から私と仲が良かった友人なのですが、もちろんこの事を教えてくれたのは、私の為を思っての事です。(本当は喋っちゃいけない事)
これを聞いてすぐ、私は会社に辞表を出し、2ヶ月後くらいに退社しました。入社してから1年半くらいのことです。

次は感謝される仕事がしたい!!

辞めたは良いものの、中々次の仕事が決まりませんでした。

当時は就職難でしたし、セキュリティの現場しか経験がない私を雇ってくれる会社は中々ありませんでしたが、ずっと思っていたことは、「次は感謝される仕事がしたいな。」という思いでした。
すると何日か経つと、昔の友人が会社を独立して横浜でバーを開くというので、そのプレオープンに遊びに行くことになりました。

そこで顔を合わせた友人はとても活き活きしていて、楽しそうに働いておりました。
「この照明は誰々が設置したんだよ」とか「このTシャツは皆で私がデザインして作って・・・」等と本当に楽しそうに話してくれました。

その姿を見て「ああ、独立して自分で店を持つって選択肢もあるんだな」と思い、そこから独立心が強くなりました。
それからは次はこんな仕事を探そう、と4つの題を定めました。

就職難だったので、「手に職を持つ」。
以前の仕事が文句を言われる仕事だったので、「感謝される仕事がしたい」。
自分らしく働きながら生きていきたかったので、「独立できる」。
好きだけじゃ食べていけないので、「ちゃんと生活もできる」。

以上の4つを基準に、仕事や資格を雑誌で探し始めました。

するとこの4つにピッタリ合わさったのが、【カイロプラクティック】という仕事でした。

絶対に治療家になる!

私がそれを知るきっかけになったのは、五反田にある『大川カイロプラクティック専門学院』の学院長である大川泰先生の書いた本でした。
その本によると、大川先生自身も元々サラリーマンだったのが、ふとしたキッカケで独立して自分らしく働く事に憧れ単身渡米し、カイロプラクティックの資格を取った方でした。

治療家になる・・・思い返せば、以前少し興味を持ったことがあったと思い出しました。

高校~大学にかけて地元でキックボクシングのジムに通っていた私は、激しい練習で一時期体を壊し、ひどい腰痛になってしまったことがあります。
18歳にして椅子に座るにも「あ~イテててて」とまるで10代とは思えないような動きしかできませんでした。
そんなとき、何かのキッカケで知った整体院で治療を受けると、劇的に腰痛が楽になったのです!

そのときは若かったので回復力も高く数回の施術で腰痛はスッキリ消えたのですが、「その時に整体師って凄いな。病院に行っても全然治らなかったのに。俺も将来、整体師になろうかな」と思ったことがあります。
もちろん当時は若かったためか、そんな思いはすぐに忘れてしまったのですが・・・

それからすぐに大川カイロプラクティック専門学院に資料請求し、説明会に参加し、学院長と直接お話させていただき、
様々な面で信頼できる学校だったので、入学を決めました。

それからはとても大変な日々が続きました。
勉強に次ぐ勉強、修行に次ぐ修行です。
当時の師匠に毎日のように怒られ指導されましたが、自分の夢のためなので全然苦になりませんでした。(いや、辛かったですけど。)

思わぬつまづき

師匠のもとでしばらくスタッフ兼修行としてお世話になっていたのですが、諸事情により一度そこを出ることになりました。
次の勤務先は、とある整形外科のリハビリセンターに決まります。
整形外科で仕事できるなんて、私にとっては願ってもないチャンスでした。働きながらレベルの高い勉強や経験ができる!と、とても期待していました。

ところがそこの整形外科は、期待していたような職場では無かったのです。

仕事は、なるべく早く患者さんを帰すこと。
いかに効率よく回していかに早く患者さんに帰ってもらうか、それが仕事の目標でした。患者さんの症状を良くしようなんて全く考えておらず、とにかく決まったことを決まった時間、なるべく早く終わらせる、という毎日。もちろん患者さんも毎日通っていても全然良くならず、患者さんから影で文句を言われる始末です。

さらに勤務してから数ヶ月後、私が病気になって体調不良が続き仕事で小さなミスを起こすようになると、それが気に入らなかったのか、そこのスタッフのリーダーから子供みたいな嫌がらせを受けるようになりました。

「なんてレベルの低い職場なんだ・・・」

以前の師匠の整体院の方が遥かにやり甲斐があり、沢山の患者さんが「楽になりました~」と笑顔で帰って行く職場でしたので、正直、そう思いました。

目標に向かって一直線に走り続けてきたのに、まさかこんなところでつまづくとは。夢にも思っていませんでした。
「こんなところすぐ辞めよう」と思い、そこの整形外科は数ヶ月で退職することになります。

「武川君、この店を継がないか?」

すると何とそのタイミングで、以前の師匠から店を継がないかという連絡が舞い込んできたのです!

当時の師匠というのは、当院「大井町整体院」の前院長・川崎秀幸先生です。
実は元々当院は前院長の川崎先生が1から立ち上げた院で、川崎先生が家庭の事情で他県に引っ越してそこで新たな院を開くので、今の院を継がないか、と私にオファーがあったのです。

これは神の思し召し!やるしかない!!

幸い勤めていた頃の患者さんも多数残ってくださいますし、何より一から院を立ち上げるよりは遥かに楽です。
二つ返事で「やらせて下さい!」と返事をし、話し合いを経て、晴れて大井町整体院を引き継ぐことになりました。

おかげさまで開院14年目

そんなわけで大井町整体院を引き継ぎ、もう10年になります。

川崎先生が2003年から3年間、私が引き継いでから10年。2016年9月でぴったり13年たちましたので、10月からは14年めに突入いたしました。
その間に沢山の患者様にご来院いただき、私も結婚し、二人の子供に恵まれました。

当初定めていた4つの目標、「感謝される仕事をする」「独立する」「手に職をつける」「ちゃんと生活できる」は、今のところ現在進行系で達成できております。
もちろん初心を忘れずに、これからも皆様に愛される大井町整体院であり続けたい、と思っております。
そのためにはもっともっと修行が必要ですね!

これからも大井町整体院を、末永くよろしくお願い致します。

それとこの文章を読んでいるまだご来院いただいてない方も、もしご興味がおありでしたら当院にご相談下さい。

精一杯頑張らせていただきます。

 

長文お付き合い頂き、有難うございました。

大井町整体院 院長
武川洋介



肩こり、腰痛には品川区で口コミ評判の大井町整体院

投稿日:2016年11月2日 更新日:

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